甲子園 高校野球白河の関越え
高校野球では長いこと西日本、東海、関東地方に強いチームが集まっていて、東北地方や北海道など北日本のチームは優勝までなかなか手が届かない状態がつい最近まで続いていました。その状態を「優勝旗が白河の関を越せない」という言い方で長く甲子園野球ファンに認識されていました。
この状態を打破するチャンスとして有名なのが、昭和44年の三沢高校がエース太田幸司投手を擁し決勝に進みましたが、決勝戦で延長18回を戦い再試合の末惜敗、というのがありました。これで東北地方の代表の優勝も間近かと思われましたが、20世紀の間決勝戦に2回進むも準優勝に終わっています。
21世紀に入り、ダルビッシュ有投手の東北高校が2003年に準優勝となり、その翌年北海道の駒大苫小牧高校が全国制覇を成し遂げました。東北地方よりも北海道が先に優勝したわけです。なお、同校は翌年も優勝し、この時に田中将大投手が主力投手でした。
なお、東北地方のチームはまだ優勝していません。